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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7580号 判決

原告 持丸倉吉

被告 赤島秀雄こと赤嶋秀雄 外一名

主文

被告赤嶋は原告から金六十万八千六百四十円の支払をうけるのと引換に原告に対し、別紙第二目録記載の建物を引渡し、且つその敷地たる別紙第一目録記載の土地を明渡せ。

被告赤嶋は原告に対し、一ケ月につき昭和二十八年三月二十日より同年十二月末日迄は金二千百八十七円、同二十九年一月一日より同年十二月末日迄は金二千九百三十一円、同三十年一月一日より同年十二月末日迄は金三千八百七円、同三十一年一月一日より明渡済に至る迄金三千八百四十九円の割合による金員を支払え。

被告株式会社銀座風月堂は別紙第二目録記載の建物から退去して別紙第一目録記載の土地を明渡せ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告赤嶋は原告に対し別紙第一目録記載の土地上にある第二目録記載の建物を収去して右土地を明渡し、昭和二十八年三月二十日より右土地明渡済みに至る迄一ケ月金三千八百四十九円の割合による金員を支払え。被告株式会社銀座風月堂は右建物より退去して右土地を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

別紙第一目録記載の土地二十八坪四勺は原告の所有であるが、訴外富永惣治が右土地の内東側十一坪七合九勺の土地上に別紙第二目録記載の建物を建てたので、昭和二十五年三月三十日原告と右富永との間に次のような内容の調停が成立した。即ち(1) 原告は本件土地につき、普通建物所有の目的による富永の借地権を認め、その期限は昭和三十一年九月十四日迄とする。(2) 富永は原告に対し昭和二十三年二月より同二十五年三月迄の地代を物価庁告示額により計算し、昭和二十五年四月末日迄に支払い、昭和二十五年四月以降は同告示による地代額を毎月末日限り支払うこと。(3) 原告は本件土地上の富永所有の建物には、なるべく富永又はその親族によつて使用することを希望する。

しかるに右富永は、昭和二十六年十月二十五日頃、本件建物を訴外加藤建造に譲渡し、その結果として本件土地賃借権を原告には無断で右加藤に譲渡した。そこで原告は昭和二十七年一月二十七日到達の内容証明郵便をもつて富永に対し、右権利の無断譲渡を理由として賃貸借契約解除の意思表示をなした。よつて右賃貸借は同日限り終了し、富永は原告に対し右土地明渡義務を負担した。然るに被告赤嶋は昭和二十八年三月二十日右加藤建造より右建物を譲りうけ現に所有し、その敷地を占有しているものであるが、右敷地については既に原告・富永間で賃貸借は終了しているのであるから、赤嶋は何らの権利をも取得しない。従つて原告は赤嶋に対し所有権に基つき右建物の収去並びに右土地の明渡を求めると共に本件土地占拠の日である昭和二十八年三月二十日より右土地明渡済みに至る迄現在の賃料統制額に相当する一ケ月金三千八百四十九円の割合による損害金の支払を求める。

被告銀座風月堂は右建物に居住して右土地を不法に占拠するものであるから右建物より退去して右土地を明渡すことを求めるため本訴に及んだ。

なお、被告赤嶋の抗弁に対し、原告は同人に対して本件土地につきその借地権を承認したことはない。又同人は本件建物の買取りを請求するけれども、本件では富永から加藤へ借地権が無断譲渡された当時既に原告から富永に対する賃貸借契約解除の意思表示によつて賃借権は消滅したのであるから借地法第十条の適用はなく、被告赤嶋は買取りを請求することはできない と述べた。

立証として甲第一号証乃至第五号証(但し第四、五号証は各一及び二)を提出し、証人水野勇、持丸ハルの各証言及び原告本人尋問の結果を援用した。

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

別紙第一目録記載の土地が原告の所有であること、原告と訴外富永との間に原告主張のような内容の調停が成立したこと、富永は別紙第二目録記載の建物を訴外加藤建造に譲渡したこと、被告赤嶋が右加藤から本件建物を譲りうけたことは認める。原告が昭和二十七年一月二十七日到達の内容証明郵便をもつて富永に土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは不知、その余の原告の主張は否認する。

抗弁として、被告赤嶋は、昭和三十一年九月十八日原告に対し本件建物をその借地権を考慮に入れて買取つて貰いたい旨申入をなしたが、その際原告は買取ることに同意し、買取価格については当事者間で相談したいとの話合が成立し、赤嶋の借地権を承認したのである。

仮りに右の抗弁が理由がないとすれば、被告赤嶋は原告に対し本訴(昭和三十三年一月十日午前十時の口頭弁論期日)において本件建物を時価相当額をもつて買取るべきことを請求する。従つて右買取請求により同日原告と被告赤嶋との間に本件建物につき右時価を代金とする売買契約が成立したと同一の効果を生じ、右建物の所有権は原告に移転したから、被告赤嶋は右建物収去の義務を免かれ、右建物引渡義務を負担するに至つたところ、同時履行の抗弁権及び留置権により右代金の支払をうける迄右建物引渡義務の履行を拒み、又その結果として本件土地の引渡をも拒むものであると述べた。

立証として証人久岡達男の証言、鑑定人角崎正一の鑑定、被告本人赤嶋秀雄並びに被告会社代表者横山巖の尋問の各結果を援用し、甲号各証の成立を認める と述べた。

理由

別紙第一目録記載の土地が原告の所有であること、原告と訴外富永との間に昭和二十五年三月三十日本件土地の賃貸借契約が成立したこと、富永は右土地上に所有する別紙第二目録記載の建物を訴外加藤に譲渡したこと、被告赤嶋は加藤から右建物を譲りうけ各その敷地の借地権の譲渡されたことは当事者間に争いがない。

証人水野勇、持丸ハルの各証言、原告本人尋問の結果及び成立に争いのない甲第四号証の一及び二によれば、右各借地権の譲渡については原告の承諾がなく、原告は昭和二十七年一月二十七日到達の内容証明郵便をもつて右富永に対し加藤に対する本件賃借権の無断譲渡を理由として賃貸借契約の解除の意思表示をなしたことが認められ、これによつて右賃貸借契約は同日をもつて終了したというべきである。従つて右加藤は本件土地につき何ら有効な賃借権を取得せず、又被告赤嶋は同人より本件建物をその後譲りうけて本件土地を現に占有しているのであるから、これまた何ら有効な賃借権を取得しなかつたというべきである。被告赤嶋は原告は昭和三十一年九月十八日同人に対し、本件借地権を承認した旨主張するのであるが、その提出、援用の証拠をもつては未だ前記認定を覆すに足りないから右主張は採用できない。

次に被告赤嶋は、右借地権の存在しない場合には、原告に対し本件建物の買取を請求するので、その当否について判断をする。元来借地法第十条は、建物の存続という社会経済上の目的に出ずると同時に間接に賃借権の譲渡を促す効果を意図したものであるから、敷地賃借権の譲渡は、買取請求権の行使迄賃貸人の承諾さえあればこれに対する関係において有効となる状態を持続しなければならない。而して本件の如く、建物譲渡と共に数次に亘り賃借権が移転した場合、買取請求権行使の当時既に賃借権が消滅していた場合においてもその消滅の原因が合意解除、期間の満了又は賃料不払の如き債務不履行を理由とするとするものではなく、それ以前における賃借権の無断譲渡を理由とするものであるときには、なお本条の保護をうけるものと解すべきである。本件で原告が富永との賃貸借を解除したのは加藤に対する賃借権無断譲渡を理由とするものであることは明らかであるから、その後加藤から建物を譲り受けた被告赤嶋も買取請求権を有すると解することは前述借地法第十条の立法理由からみて妥当と思われる。そうだとすると右買取請求の結果、本件建物につき原告と被告赤嶋との間に時価をもつてする売買契約が成立したと同一の効果を生じたものというべきである。

さて右建物の時価は、右買取請求権行使当時において、建物が地上に存在する現状において有する時価によるべきことは多言を要しない。しかるところ鑑定人角崎正一の鑑定の結果に徴するときは、本件建物の右時価は六十万八千六百四十円をもつて相当と認めることができる。

然らば本件建物の所有権は右買取請求により昭和三十三年一月十一日被告赤嶋から原告に移転したものというべく、本件建物を同被告が所有することを前提として、之を収去して本件土地を原告に明渡すことを求める請求は失当であり、同被告は原告に対し原告から本件建物の買取代金の支払をうけると引換に原告に所有権の移転した本件家屋を明渡し、且つその敷地である本件土地を明渡す義務がある。而して右義務は原告の同被告に対する代金支払義務と同時履行の関係に立ち、又右代金債権は右建物に関して生じたものであるから、同被告は右代金の弁済をうける迄右建物につき留置権を行使しうるのであつていづれにせよ、これらに伴つて当然にその敷地たる本件土地の引渡をも拒み得るものというべきである。然しながら同被告が右土地の引渡を拒み得るのは同被告が右建物に留置権を行使した反射的効果であつて、同被告が敷地の使用により受ける実質的な利益はこれにより賃貸人が損失を蒙る以上不当利得として同被告において賃料相当額を償還しなければならない義務を免れしめるものではない。然らば同被告は右建物の所有権を取得したことが明らかな昭和二十八年三月二十日より本件土地明渡済に至る迄原告に対し、統制賃料相当額の損害金を支払わなければならない。而して本件記録によれば右期間の本件土地の統制賃料は、昭和二十八年度は二千百八十七円、昭和二十九年度は二千九百三十一円、昭和三十年度は三千八百七円、昭和三十一年度以降は三千八百四十九円であることが計数上明らかであるから、同被告は原告に対し右と同額の損害金を支払う義務があるものと云わなければならない。

次に被告銀座風月堂に関する部分について、前記の如く右建物の所有権が原告に移転した以上、同被告が原告に対抗しうる権限につき何らの主張、立証もない本件においては、同被告は右建物より退去し、その敷地たる本件土地を原告に対し明渡す義務があるものと云わなければならない。

よつて原告の被告等に対する本訴請求は右認定の限度において理由があると認めてこれを認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条第九十二条後段を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

第一目録

東京都中央区銀座一丁目六番地の二十一

一、宅地二十八坪四勺の内、東側十一坪七合九勺

第二目録

東京都中央区銀座一丁目六番地の二十一

家屋番号 同町六番の二十一

一、木造トタン葺二階建 店舗兼居宅 一棟

建坪七坪八勺 二階七坪八勺

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